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東京地方裁判所 平成7年(ワ)17303号 判決 1996年3月27日

原告

相馬昌幸

被告

赤帽首都圏軽自動車運送協同組合

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二一八万五一四五円及びこれに対する平成六年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  事故の発生

(一) 日時 平成六年七月二二日午前〇時二五分ころ

(二) 場所 東京都目黒区柿木坂二―三〇―二先路上

(三) 加害車 藤田透(以下「藤田」という。)の運転する事業用貨物自動車

(四) 被害者 原告が所有し、運転する普通自動車

(五) 事故態様 加害車が前記路上で訴外山本英二郎の運転する車両(以下「山本車」という。)に追突し、山本車が被害車に追突したために、被害車が損傷した(以下「本件事故」という。)。

2  本件事故の責任

本件事故は、藤田の前方不注視に起因するものである。

3  藤田と被告との関係

藤田は、被告の組合員であり、「赤帽」なる名称の商号とサービスマークを使用して軽自動車運送事業を遂行していた者である。

二  争点

1  被告の責任根拠

(一) 原告の主張

(1) 藤田は、被告の事業の一環である運送業務を行つている際に本件事故を発生させたのであるから、被告は、使用者責任を負う。

(2) 被告は、その組合員らが運送事業を遂行する際、交通事故を起こした場合でも適切な損害賠償をなし得るように、事前に、自賠責保険のほかに任意自動車保険契約を締結するように徹底させるべきであつたにもかかわらず、これを怠り、任意自動車保険契約(以下「任意保険契約」という。)を締結しない藤田の事業遂行をそのまま放置していたものであるから、被告には傘下の組合員である藤田に対する監督義務懈怠の過失がある。

(二) 被告の主張

被告が行う事業は、組合員の営業活動を支援するために共同宣伝を企画・実施し、又は共同荷受、共同配車を実行するに止まり、自ら軽貨物物運送事業を遂行するものではなく、運送事業は、藤田が被告とは独立した業者として遂行するものである。また、任意保険契約を締結するか否かは独立した事業主である個々の組合員の判断に任されるものであるから、被告には、原告の主張に係る監督義務は負わない。

2  原告の損害

原告の車両損害は合計二一八万五一四五円であり、内訳は以下のとおりである。

(一) リアバンパー交換 二四万八〇〇〇円

(二) ミツシヨン交換 三七万二〇〇〇円

(三) リアウイング交換 一一万二〇〇〇円

(四) 板金・工賃等 一七万三五〇〇円

(五) 同等の代車料 一二一万六〇〇〇円

(六) 消費税 六万三六四五円

第三当裁判所の判断

一  被告の責任原因

1  乙一ないし四、証人五井武男によれば、被告は、所属組合員の相互扶助の精神に基づき、組合員のために必要な共同事業を行い、もつて組合員の自主的な経済活動を促進し、かつその経済的地位の向上を図ることを目的としており、その達成のために、組合員のためにする貨物の共同荷受、共同配車及び自動車に係る貨物運送取扱事業、車両やその部品、消耗品の共同購入、共同宣伝、組合員の福利厚生に関する事業等を行うことをその事業内容として掲げている団体であること、組合員は、それぞれが貨物軽自動車運送事業を行う独立の事業者であるが、赤帽商標権の使用貸与を受け、被告の行う事業による便益を享受する代わりに、組合費の納入のほか、事業遂行に当たつて指定車両の使用を義務付けられたり、赤帽の信用を損ねるようなこと等を行つた場合には除名する等の制裁を受けたりする等の様々な制約を受けることが認められ、以上によれば、被告は、自ら貨物軽自動車運送事業自体を遂行するのではなく、あくまで、個別の事業主である組合員の運送事業が円滑に行われるように、経営ないし福利厚生の観点から組合員を後援する組織であると位置づけることができるから、本件交通事故が、被告の事業の遂行上発生したものと考えることはできない。

2  また、本件は、被告の組合員である藤田が、自らの運送事業の執行に当たつて交通事故を発生させ、それによつて原告が損害を被つた事案であり、原告は、藤田から適切な賠償を受けられない現況にあることから、被告が、藤田の事業遂行に際して同人に任意保険契約を締結するよう積極的に指導ないし監督しなかつたことをも、被告の管理責任懈怠として主張しており、以下において、その責任の肯否について検討する。

(一) 乙四、証人五井武男によれば、被告は、その組合員になろうとする者に対しては、被告への入会の案内を内容としたパンフレツト(以下、単に「パンフレツト」という。乙四)を予め配付しており、そのパンフレツトには、被告への加入手順が順序立てて記載されており、そこには、被告に加入するに当たつては、営業車を被保険自動車とする任意保険契約を締結することが必要であること、対人賠償額一億円以上、対物賠償額三〇〇万円以上、搭乗者保険金五〇〇万円以上、積荷保険金三〇〇万円、第三者への賠償保険というような具体的な保険内容、同保険契約の締結については被告への加入手続の中で受付を行うとそれぞれ記載されていることが認められるのであり、これによれば、被告は、組合員が任意保険契約を締結することが加入条件としていると認めることができる。このような加入手続がなされているのは、組合員が第三者との間で交通事故を起こした場合には、基本的には、事故当事者である組合員が賠償責任を負担すべきであるものの、被害者に対する賠償が適切に行われないことによつて民事紛争となつた場合には、被告の赤帽商標権に対する信用が傷つけられ、さらには他の組合員の業務遂行の支障となることを回避することを主たる目的としつつ、運輸省から協同組合として認可され、かつ、専ら道路交通を利用する運送事業者による公共的組織として、組合員が道路運送事業ゆえに発生させる蓋然性の高い交通事故の被害者に対する賠償が円滑かつ確実に行われるように加入手続の中で確保しようとしたものと解することができる。

(二) 以上の事実によれば、被告は、前記の組合員が加入する際、その者が任意保険契約を締結しているか否かをきちんと審査しなければならないが、その審査が前記のような趣旨でなされていることに鑑みれば、被告は、組合会員が加入する際のみならず、当該組合員が被告の傘下で被告の名称を使用して営業活動を行う状況下にあるときにも、同組合員が任意保険に継続して加入しているか否かを監督し、仮に、加入していなければ、速やかにそれに対して是正措置(加入するように勧告、指導等をすること)を講ずる等適切な対応をとることが望ましく、本件においては、原告は、藤田が任意保険契約をしていなかつたこと、そのために原告が被害者に係る損害賠償を未だ受けられないこと(原告本人、弁論の全趣旨)が認められ、このような事態は、被告が藤田に対する前記是正措置が十全に行われていれば、未然に防ぐことができたものであり、特に、その組合員のほとんどが小規模な事業者ゆえに、組合員が任意保険契約を締結していない場合には、当該組合員によつて惹起された交通事故の被害者に対しては十分な賠償がなされない危険があるということは被告には当然に予見し得ることも併せて勘案すると、被告には、被告に加入した後の藤田に対する前記監督ないし是正措置が行われなかつたことにつき、運送業者の後援組織団体として十分な役割を果たしていなかつたとの批判が妥当することはいうまでもないところである。

(三) もつとも、組合員に対する前記のような監督ないし是正措置について、法は、被告に対し、その業務遂行上義務付けているわけではないから、藤田に対する前記監督ないし是正措置が行われなかつたことが、運送業者から構成される業界団体として当・不当の問題として適当でなかつたと指摘することはできるとしても、法的な義務懈怠として違法であるとまで評価することはできない。

よつて、原告の主張に係る、被告の原告に対する損害賠償責任は、その前提において理由がないから、その余を判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。

(裁判官 渡邉和義)

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